「木喰さんって?」


  江戸時代後期に活躍した「木喰」さん。
生涯で1000体の仏像を彫ったことやクスリと笑わせるような和歌を詠んだことでも知られています。
  ここでは、そんな木喰さんをもう少し深く知りたいという方向けにQ&A
でまとめてみました。

Q1、木喰さんの生まれた年は?
A、享保三年(1718年、徳川将軍は
8代・吉宗、享保の改革の真っ最中。
享保十七年には、大飢饉が起きた。)

Q2、生まれた国は?
A、甲斐の国(現在の山梨県身延町
丸畑)、伊藤六兵衛の次男として生まれました。

Q3、出家は?
A、元文四年(1739、22才)、神奈川県伊勢原市・大山不動尊に参詣に出かけ、同宿した大徳(古義真言宗)の弟子になって出家しました。

Q4、何をしたの?
A、
・廻国
・造像
・和歌を詠む
・書画
・日記


Q5、廻国
A、通算、4回の廻国をし、生涯で日本の北海道、東北、関東、北陸、中部、関西、四国、九州のほぼ全部を歩いています。

Q6、造像
A、最初の造像は、安永七年(1778、71才)、青森県・海傳寺で釈迦如来。
最後の像は、太平洋戦争末期の空襲で焼失しているので、現存する最後の作は、文化五年(1808、91才)、長野県下諏訪町、慈雲寺が所蔵する阿弥陀如来。

Q7、和歌
A、これまでに約570首の和歌が確認されている。個人蔵で山梨県・身延町の木喰の里微笑館に「青表紙歌集」が寄託されている。

Q8、書画類
A、これまでに書画類の全体調査がされたことは無いと聞いているが、それでも、「火の用心」や「年徳」、六字名号、梵字で構成された曼荼羅などが確認されている。

Q9、どんな日記なの?
A、「南無阿弥陀仏国々御宿帖」(個人蔵、木喰の里微笑館寄託)などがあり、年月日、巡錫地、納経または宿泊地が示されている。これによって、木喰の移動経路や時期が辿ることができる。
「木喰上人巡錫地控」(丸山太一著・山梨日日新聞、平成元年6月1日)を参照されたい。

Q10、何時亡くなったの?
文化七年(1810)6月5日、入寂と言われている。実際には、生家に届けられた笈箱の中に紙片が入っており、それに書かれていた為、推測となる。

Q11、お墓はあるの?
墓は無いが、Q10の紙片が紙位牌でもあるので、今でも大切に保管されている。

Q12、何故、三度の改名をしたの?
資料に残る限り、木喰はその生涯で
「行道」→「五行菩薩」→「明満仙人」と三度の改名をしています。
確固たる理由は分かりません。

Q13、なにか入門書はないの?
「木喰仏入門」という書籍が、まつお出版から販売されています。著者は小島梯次氏。定価1200円+税

また、古書ですが、柳宗悦が著述した木喰研究の集大成が「柳宗悦選集 第9巻 木喰上人」、その文庫本が発売されています。

《参考書籍》
「木喰仏入門」(まつお出版刊、小島梯次著)
「円空と木喰」(東京美術館、小島梯次著)